すぐそこにある幸せ

 

大好きな苺を

お気に入りのお皿に並べる

 

苺のキレイな色と

艶のある白いお皿の美しさ

 

甘酸っぱくて美味しい苺

 

幸せだなぁ

 

深煎りのコーヒーに

ミルクをたっぷり入れる

 

香ばしいコーヒーの香り

 

ミルクを入れると

コーヒーが優しくなる

 

そういうひとときが

宝物のように感じる

 

幸せだなぁ って 思う

 

ゆっくり 大切に 感じていこう

 

幸せだなぁ と 感じられることも 幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び始まりの日

昨晩の夜中、0時過ぎに

amazonで注文したら

もう届いた。

 

早!!!!!!( ゚д゚)!!

 

オーブン陶土。(´∀`*)ウフフ

 

やっぱり 何か創りたい。

 

ワクワク

 

何が生まれるかな?

 

 

 

 

ソウルフード

先日、駅前のデパートで

北海道物産展をやっていて、

 

そこで見つけた「べこ餅」

 

懐かしいーーーー( ;∀;)

 

子どもの頃は

珍しくもなく、

ときどき食べていた「べこ餅」

 

北海道にしかないらしく

本州に来てからは

お見かけしたことがなかった

素朴な味の和菓子です。

 

懐かしい「べこ餅」を手にして

子どもの頃の記憶が蘇りました。

 

つい最近までは

生きづらかった記憶が強くて

 

自分の過去の人生が

幸せだったと

思うことはありませんでした。

 

昔の私は、

 

辛い、辛い、苦しい、苦しい、

いつまで続くんだろう?

 

そう思っていたから

そういう世界が創られて

 

どんどん どん底まで

転がり落ちていって

 

その仕組がわからないまま

世界を呪っていました。笑

 

 

でも 今は

ガラリと世界が変わりました。

 

全部 自分の意識が

自分の世界を創造していたんだ、と

理解することもできました。

 

ここ10年くらいは

幸せだと思えるようになっていたけど、、

 

それでも ずっと

過去の自分は不幸だった、、

と、思っていました。

 

でも 「今の自分」が本当に変われば

過去も変わるのです。

 

久しぶりに 手にした「べこ餅」が

みせてくれたのは

子ども時代の幸せな私の姿でした。

 

祖母や叔母がいて

両親がいて 姉がいて

喜怒哀楽ありつつ

 

あたりまえのように過ごしていた

家族との日々。

 

それだけで 幸せ。

 

何事もない 幸せ。

 

家族がいた 幸せ。

 

私はずっと 幸せだった、

ずっと幸せな人生だった、と

今なら言える。

 

血を吐く思いだった時代にも

そのときの私にみえていなかっただけで

幸せはあった

 

いつも どんなときも

幸せは すぐ目の前に

あたりまえの顔をして

そこにあった

 

私が みていなかっただけ

 

世界に何を見るか?

 

それは すべて 自由

自己責任

 

自分の意識のフィルターで

見えるもの、見えないものが決まる

 

さあ 世界に何を見る?

 

 

 

 

 

「傷つく」「傷つけられる」そして「罪悪感」

 

誰かの言葉に「傷ついた」と感じるとき

それは 単純に

たまたま 振動数が下がっていたときに

他人の言葉に「傷つけられた」と感じただけです。

 

振動数が高い状態のときであれば

同じ言葉を言われても

軽くスルーできる。

 

ただ 言われた言葉に対して、

深層意識にフックがあれば

それが瞬時に引っかかって「重り」になり

瞬時に振動数が下がって

ショックを受けたりします。

 

誰でも 振動数が下がっていると

何を聞いても 琴線に触れて

痛い思いをしたり

嫌な気持ちになったり

傷ついたりしてしまいます。

 

振動数は 常に上がったり下がったりしているので

下がっていると気づいたら

上げると楽になります。

 

 

振動数が下がっていると

視野が狭くなりますが

振動数が上がっている状態だと

俯瞰して眺められ

視野が広くなります。

 

そして  誰にでもあるであろう、

自分の中の深いところにある巨大なフック

無意識ですぐ発動して

奈落の底に引っ張ろうとしてくる

「罪悪感」

 

「あなたの言葉で傷ついた」と言われて

「傷つけてしまった!」とショックを受け

落ち込んだりしてしまうのは、

 

心の底の深いところに

人を傷つけてはいけない」という

観念、思い込み、常識、ルール、、

なんでもいいんですけど

そういうものがあって

それがフックになって 引っかかり

振動数が下がったのです。

 

下がってしまっていた振動数を上げて

俯瞰して眺めてみれば

すぐ気がつきます。

 

人は 他人を傷つけることは出来ません

逆に言えば、

人は 他人に傷つけられることはありません

 

自分で「自分」を傷つけてるだけ

「傷つく」というのは、 単なる自傷行為。

 

自分の中に フックがなければ

何を言われても 引っかからない。

 

いくら 誰かが悪意を持って

暴言をぶつけてきたとしても

その言葉を受け入れて傷つくのは

自分がそれを「受け入れる」と許可したから

自分がその言葉を採用したから。

 

自分が受け入れを許可しなければ、

たとえ どんな暴言を言われても

傷つくことはありません。

 

何を言われても、軽くスルーできるのです。

 

暴言も ただのブラックジョークに聴こえて

「何ソレ ウケる!!!」ってなるのです。

 

他人に「自分」が傷つけられることはなく、

本当は 他人にそんな力はないのです。

 

もし傷つくならば、

自分が 相手にその力を与えているだけ

 

すべて 自分自身の心の中の問題です。

 

それでも 外に向かって

傷ついた、お前のせいだ、と やりたいときは

誰にでもあります。

 

でも 本当は、

誰からも 傷つけられることはない

 

そして誰も 他人を 傷つけることはできない

 

唯一、傷つけることができるのは自分自身。

 

自分のことは、いくらでも傷つけることができる。

 

私も数えきれないほど

自分自身を傷つけまくってきた。

 

他人に向かって放った矢は

痛々しく自分にグサグサ刺さってる。

 

でも それもすべて

気づき目覚めるための道のりでしかない。

 

人は鏡とは、そういうことなのだなぁ。。

 

自分の中の観念を 映して観せてくれる鏡

 

映して観せてもらえるから 気づくことができて

観念という囚われを外すことができる。

 

どんな人もみんな 本当は 魂の仲間で

お互いに 目を覚ますために

気づきを与えあっている

 

現実世界のすべては、

自分の中の不要な重い観念を手放すために

使っていこう

 

ひとつ ひとつ

重りを外して

 

もっともっと

軽くなろう

 

 

 

 

 

 

寒い日には

ギューーーッとして

ストーーーン、、、

 

こうするだけで

ちょっとリラックス☆

 

ゆるゆる いきましょ〜 (´∀`*)ウフフ

 

 

 

 

立春と新メニュー

今日は立春です。

 

あっという間に 春がきた!

 

もう 春なんだねぇ。。。

 

 

新メニューつくりました。

 

「天遊茶会」

 

お会いしましょ☆

 

 

みんな 一緒に

 

軽やかに

 

軽やかに

 

新しい世界へ