「忙しい」と「忙しい」が増えるのヨ

4月中旬、淡路島に引越すことになり、、

(その怒涛の展開はまた別のお話で)

今より広いおうちに!!!ならいいのだけど、

パ◯ナのおかげで賃貸物件が全然なくて

引越し先が 今より狭くなるので

現在ドタバタと断捨離祭り中。

 

何かと気ぜわしく

なんか忙しいーー((((( ゚д゚ ))))) と、

なっておりました。

 

そんなとき、

夜遅くに電話が、、、。

 

 

高齢の母が入居している施設からの

電話でした。。

(もう嫌な予感しかない)

 

 

母が部屋で転倒して

頭から血を流していて

救急車で運ばれてるとのこと。

 

受け入れ先の病院が決まり次第

連絡するので

準備して待機しててくださいといわれ

 

エッ?と白目になるも、

急いで 髪を乾かして

支度をしながら

救急隊員さんからの電話に

受け答えしたりして

幸い、うちの近くの病院で受け入れてもらえたので

夫さんと一緒に歩いて向かいました。

 

病院に向かう途中で

救急車に追い越されたのですが

どうやらそれに乗っていた模様。

 

施設のチーフスタッフさんが付き添ってくれてて

手続きとかしてくれてて助かりました。

 

頭をぶつけて血まみれで倒れてたなら

死ぬ案件じゃないの?と思いましたが

どうやら意識はしっかりしてて

大丈夫だった様子。

 

ストレッチャーごと

処置室に連れて行かれて

我々は救急隊員さんにいろいろ確認され

施設のチーフスタッフさんとともに

待合室で しばし待つ。

 

その間、チーフスタッフさんに

状況を聞いていたら

 

母が、車椅子に乗せられて戻ってきました。

 

麻酔無しで傷口を縫われて

すごく痛かった!(# ゚Д゚) と

文句を言ってたので

かなり元気な様子で一安心。。。

 

脳のCTも 脳に出血はみられなかったようで

こちらも一安心。。。^^;

 

そのときは ガーゼで止血されてる状態で

傷口は見えませんでした。

 

もう深夜1時近くで

施設のチーフスタッフさんが

どうせ車を取りに施設に戻るから

タクシーで母を一緒に連れて行ってくれるとのことで

タクシー代を渡して有り難くお願いし、

我々は人気のない深夜の街を歩いて帰宅。。。

 

翌日、夫さんに頼んでレンタカーを借りて

母を施設に迎えに行き、、

 

病院の外科外来に連れて行って

診察を受け、ガーゼをとったら

結構、大きな傷あとでした。

 

夜にトイレに行こうとして

ふらついて ひっくり返るように倒れ

オイルヒーターに頭をぶつけたらしい。。。

(それで 傷口が2ヶ所、、)

 

翌週に抜糸、ということで

またレンタカー借りて 通院です。^^;

 

 

鉄のオイルヒーターに頭をぶつけて

このくらいで済んだって

人間のボディって結構、丈夫なんだな、、。( ゚д゚)

 

まぁ そんなわけで

忙しいーーってエネルギーを放出してたら

余計に忙しくなり、、

 

出したエネルギーが返ってくる、、を

あらためて実感しつつ

 

 

でも、こんなことがなかったら

引越の前に、母に会うことはなかったなぁと思い

決死で会う機会をつくってくれた(?)

母に感謝。(ー人ー)

 

ありがとう。

元気で暮らしていてください。

 

 

 

理想の家(許可すること その4)

 

許可すること その3」の つづきです。

 

長年、ストウブの鍋が欲しかったのに

ずっと買わずにいたのは

 

「まだ使える鍋があるのだから

それを使わなくちゃいけない」

と思い込んでいたのと、

 

「まだ理想の家に住んでいないから

理想の家に住むことになったときに買い換えよう」

と先延ばししていたという 観念でした。

 

「理想の家」・・・?

 

それまで 私は いつかどこか先の未来に

「理想の家」という器がある、と思っていたのです。

 

「いつか」なんて 永遠にこない。

「どこか」なんていう場所もない。

 

あるのは、「今」と「ここ」だけ。

 

そう言っている本当の自分の声も

よく聴こえていなかったのです。

 

 

でも 長年「いつか欲しい」と思っていた

ロイヤルコペンハーゲンのコーヒーカップや

ストウブの鍋を「今 買うこと」を許可して

自分自身のささやかな夢を叶えたことで

体感して実感した豊かなエネルギーで、

 

「理想の家」という器が

どこかにあるのではなく

 

「理想の家」は 今すぐここに

創ることができるのだ、と

気づきました。

 

 

入れ物じゃない、

空間のエネルギーなのだ、と。

 

本当は 自由自在に

創ることができる。

 

私達は誰でも

本当は いつでも

夢を叶えることができる。

 

幸せの青い鳥は

本当にすぐ目の前にいるのに

 

様々な観念、思い込みで、

見えていないだけ。

 

でも 最適なタイミングで

必ず 気づくときが来る。

 

「なんだ、青い鳥は ここにいたじゃないか」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許可すること その3

 

許可すること その2」の つづきです。

 

鍋を買い替えて 何度も思うのが

「もっと早く買い替えたらよかった!」ということ。

 

昨年の春に買い替えたのに

今も 鍋を使う度にそう思います。

 

ストウブの鍋も、

ツヴィリングのステンレス多層鍋も

今まで使ってた安い鍋の

10倍くらいのお値段ですが、、

 

やっぱり いいモノはいいのです!!!(人´∀`).☆.。.:*・゚

 

ストウブもツヴィリングも

短時間に美味しくできるし

無水調理もできるし

多層鍋は焦げ付かないし

 

ついうっかりストウブが焦げ付いても

水と重曹を入れて火にかけてから

自然に冷ましつつ一晩放置で

こすらなくてもキレイに元通り。

 

フライパンも捨ててしまいましたが、

ストウブでも

ツヴィリングの多層鍋でも

フライパン代わりに使えるので

何も困らないのです。

 

料理が美味しくなったので

夫さんも大喜び。

 

「もっと早く買ったらよかったね?!」

と 言うくらいでした。

 

そして 何よりも、

調理している私が とても楽しいのです。

 

ずっと欲しいと思っていた 憧れの鍋。

 

その鍋で調理していると、

他は何も変わっていないのに

キッチンが色鮮やかにみえてきて

とても満たされた幸せな気分になるのです。

 

胸の奥が静かにワクワクウキウキと

喜びのエネルギーが湧いてきて

どんどん気分が上がり

 

調理しているだけで

勝手に振動数が上がってくるのを体感して

驚きました。

 

こんなに気分が変わるなんて!!!

以前は、調理もちょっと面倒だなと

渋々やってたくらいだったのに!

 

そして こんなにも嬉しいなんて!!!

 

というか、、

私はこんなにも この鍋が欲しかったの?!(゚Д゚)???

 

たかが鍋。されど鍋。

 

コーヒーカップも鍋も

私が欲しかったのは

そのモノというよりも

 

それを日常に使っているであろう

「豊かで幸せな自分」というイメージ。

 

現実世界の苦しさに

ここではないどこかへ

逃げたいと願っていた若かりし頃の私は

 

その憧れと理想を

コーヒーカップと鍋に

くっつけていたのだと思います。

 

どれだけ長い年月、

私は私に我慢を強いていたんでしょう?

 

それはもうすぐにでも

簡単に叶えてあげられる夢になっていたのに

無意識のままで

ずっとお預け状態でした。

 

まだ使える鍋があるのだから

それを使わなくちゃいけない、と

思い込んでいたこと。

 

まだ理想の家に住んでいないから

理想の家に住むことになったときに買い換えよう、と

先延ばししていたこと。

 

そして どれだけ 私は

私自身を理解していないのでしょう?

 

かつて 背伸びをして

ブランドのお財布や

バッグを買ったときよりも

 

ずっとずっと深いところで

私自身がとても喜んでいるのを感じて

愕然としました。

 

誰にみせるわけでもない

日常に使う日用品に

自分が本当に好きなモノを使うことが

 

こんなにも豊かな気持ちと

豊かなエネルギーを与えてくれることに

今頃 深く実感して

 

「なんだ、、青い鳥は ここにいたじゃないか。。」

・・・( ゚д゚)・・・

そんな気分です。

 

50代の夫婦二人だけの生活で、

今のライフスタイルに

合わなくなったものは 処分して

もっと身軽になりたい、と

始めた断捨離でしたが、

 

ただ捨てるだけではない

たくさんの気づきと効用があることに

驚くばかりです。

 

そして このとき

気づいたことは もうひとつありました。

 

つづきます。

 

 

許可すること その2

 

許可すること」の つづきです。

 

「いつか先の未来で」きっと買おう、

私がそう思っていたのは

もうひとつありました。

 

ストウブの鍋です。

ピコ・ココット。

 

ストウブの鍋は、20代のときから

憧れの鍋でした。

 

いつか 先の未来で

ストウブのピコ・ココットを使って

素敵な理想のおうちのキッチンで

日々の食事を作る私を

夢見ていました。

 

20代の私には、

もう買うことができたはずの

ストウブの鍋でしたが、

 

まだ充分使える鍋があるのに

鍋を買い換えることは

贅沢だ、と思っていました。

 

鍋って そうそう壊れません。

 

そして 昨年の春、

キッチンの断捨離をするのに

手持ちの鍋を全部出して

眺めてみました。

 

そのとき 私が持っていた鍋は、

 

玄米を炊く小さな圧力鍋と

直径30センチくらいの大きなホーローの鍋

直径28センチの大きなマスタークックの土鍋

直径22センチの薄いステンレスの鍋

直径20センチくらいのホーロー鍋

直径16センチくらいのステンレスの片手鍋と

直径12センチのホーローのミルクパン

あとは、鉄のフライパンがありました。

 

まず あまり使ってない

大きな鍋を2つ処分しようと

ゴミ袋に入れて

 

残った鍋をあらためて眺めてみると

圧力鍋とフライパン以外は

間に合わせで買ったような

安い鍋ばかりでした。

 

「とりあえずコレでいいや」と

いつか買い換えようと思って買ったものでも

 

よほど使いにくいか

壊れない限りは

日常に流されて 使い続け

買い換えようと思わないものです。

 

いつかストウブの鍋を買おう」

そういえば、私はそう思っていたなと思い出して

( ゚д゚)ハッ! と気づきました。

 

「いつか」って いつ???

 

ストウブの鍋なんて 重いんだから

さっさと買わなかったら

重たくて持てなくなるよ?!!

 

買うなら今でしょ?今!!!(# ゚Д゚)

 

ずっと憧れだった ストウブのピコ・ココット。

 

サイズで悩んだけれど

二人暮らしなので

22センチにしました。(*´ω`*)

 

そして ついでに

ステンレスの鍋も買い替えました。

 

ツヴィリング・センセーションの

シチューポットとソースパンを

大人買い。(ΦωΦ)フフフ…

 

手持ちの鍋は 全部で 8つあったのを

5つ捨てて 新しく買ったのは3つです。

 

フライパンも もう必要ないかも?と思い

捨てました。

 

今 ある鍋は、

玄米を炊く小さな圧力鍋と

煮沸消毒など多様に使っている薄いステンレスの鍋と

12センチのホーローのミルクパン、

 

そして新しく買った

ストウブのピコ・ココット(22センチ)

ツヴィリング・センセーションのシチューポット(20センチ)と

ソースパン(16センチ)です。

 

全部で6つ。

今の我が家には ちょうどよい数で、

すべて使っている鍋ばかりになりました。

 

 

つづきます。

 

許可すること

 

昨年の春のお話です。

 

高校生のとき、

いつか ロイヤルコペンハーゲンの

コーヒーカップを買うんだ、と

夢見ていました。

 

高校生だった私には

高価なお品だったコーヒーカップ。

いつか きっと。

もっと先の未来で。

それから 35年。。(きみまろ師匠風)

オイ、、

もういつでも買えるヤローーー!!!(# ゚Д゚)

 

なんと、、私は、

「もう いつでも買える」ということに

気づいていなかったのです!!!

 

「いつかロイヤルコペンハーゲンの

コーヒーカップを買うんだ♪」(*´ω`*)

 

という 10代の私のささやかな夢は

そのままラミネート加工されて

「いつか」という「未来」に買う、と、

脳内に刷り込まれていたのです。

 

もうとっくに いつでも買えるのに。

 

どこかで見かけても

「やっぱり素敵だわ♡いつか買おう」(*´ω`*) と、

本当に自然に、

オートマティックに 処理されて

買うという行動をすることがなかったのです。

 

もうビックリ。

気づくまで なんの疑問もなく。

 

「いつか」って いつ?

 

「いつか」なんて 永遠に来ません!!!!!

 

待っていたら 死んじゃうよw

 

買いました。(*´ω`*)

 

ロイヤルコペンハーゲンの

プリンセスのペアマグカップと

ブルーパルメッテのペアカップ&ソーサー

 

今まで 使っていた

マグカップと

コーヒーカップ&ソーサーは

リサイクルで処分しました。

 

新陳代謝。

 

10代のときの私が

とても憧れたコーヒーカップを買って

日常使いにすることで

得られたのは

想像以上の満足感と幸福感。

 

嬉しい、嬉しい、嬉しい、

(人´∀`).☆.。.:*・゚

 

10代のときの私が

夢を叶えてもらった

喜びのエネルギーが

内側からこんこんと湧いてくる。

 

なんだ、

こんなことで、

こんなにも満たされるなんて。

 

なんだ、

こんなことを、

自分に許可していなかったなんて。

 

この日、私が許可したものは

もうひとつありました。

 

 

つづく