すぐそこにある幸せ

 

大好きな苺を

お気に入りのお皿に並べる

 

苺のキレイな色と

艶のある白いお皿の美しさ

 

甘酸っぱくて美味しい苺

 

幸せだなぁ

 

深煎りのコーヒーに

ミルクをたっぷり入れる

 

香ばしいコーヒーの香り

 

ミルクを入れると

コーヒーが優しくなる

 

そういうひとときが

宝物のように感じる

 

幸せだなぁ って 思う

 

ゆっくり 大切に 感じていこう

 

幸せだなぁ と 感じられることも 幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソウルフード

先日、駅前のデパートで

北海道物産展をやっていて、

 

そこで見つけた「べこ餅」

 

懐かしいーーーー( ;∀;)

 

子どもの頃は

珍しくもなく、

ときどき食べていた「べこ餅」

 

北海道にしかないらしく

本州に来てからは

お見かけしたことがなかった

素朴な味の和菓子です。

 

懐かしい「べこ餅」を手にして

子どもの頃の記憶が蘇りました。

 

つい最近までは

生きづらかった記憶が強くて

 

自分の過去の人生が

幸せだったと

思うことはありませんでした。

 

昔の私は、

 

辛い、辛い、苦しい、苦しい、

いつまで続くんだろう?

 

そう思っていたから

そういう世界が創られて

 

どんどん どん底まで

転がり落ちていって

 

その仕組がわからないまま

世界を呪っていました。笑

 

 

でも 今は

ガラリと世界が変わりました。

 

全部 自分の意識が

自分の世界を創造していたんだ、と

理解することもできました。

 

ここ10年くらいは

幸せだと思えるようになっていたけど、、

 

それでも ずっと

過去の自分は不幸だった、、

と、思っていました。

 

でも 「今の自分」が本当に変われば

過去も変わるのです。

 

久しぶりに 手にした「べこ餅」が

みせてくれたのは

子ども時代の幸せな私の姿でした。

 

祖母や叔母がいて

両親がいて 姉がいて

喜怒哀楽ありつつ

 

あたりまえのように過ごしていた

家族との日々。

 

それだけで 幸せ。

 

何事もない 幸せ。

 

家族がいた 幸せ。

 

私はずっと 幸せだった、

ずっと幸せな人生だった、と

今なら言える。

 

血を吐く思いだった時代にも

そのときの私にみえていなかっただけで

幸せはあった

 

いつも どんなときも

幸せは すぐ目の前に

あたりまえの顔をして

そこにあった

 

私が みていなかっただけ

 

世界に何を見るか?

 

それは すべて 自由

自己責任

 

自分の意識のフィルターで

見えるもの、見えないものが決まる

 

さあ 世界に何を見る?

 

 

 

 

 

「傷つく」「傷つけられる」そして「罪悪感」

 

誰かの言葉に「傷ついた」と感じるとき

それは 単純に

たまたま 振動数が下がっていたときに

他人の言葉に「傷つけられた」と感じただけです。

 

振動数が高い状態のときであれば

同じ言葉を言われても

軽くスルーできる。

 

ただ 言われた言葉に対して、

深層意識にフックがあれば

それが瞬時に引っかかって「重り」になり

瞬時に振動数が下がって

ショックを受けたりします。

 

誰でも 振動数が下がっていると

何を聞いても 琴線に触れて

痛い思いをしたり

嫌な気持ちになったり

傷ついたりしてしまいます。

 

振動数は 常に上がったり下がったりしているので

下がっていると気づいたら

上げると楽になります。

 

 

振動数が下がっていると

視野が狭くなりますが

振動数が上がっている状態だと

俯瞰して眺められ

視野が広くなります。

 

そして  誰にでもあるであろう、

自分の中の深いところにある巨大なフック

無意識ですぐ発動して

奈落の底に引っ張ろうとしてくる

「罪悪感」

 

「あなたの言葉で傷ついた」と言われて

「傷つけてしまった!」とショックを受け

落ち込んだりしてしまうのは、

 

心の底の深いところに

人を傷つけてはいけない」という

観念、思い込み、常識、ルール、、

なんでもいいんですけど

そういうものがあって

それがフックになって 引っかかり

振動数が下がったのです。

 

下がってしまっていた振動数を上げて

俯瞰して眺めてみれば

すぐ気がつきます。

 

人は 他人を傷つけることは出来ません

逆に言えば、

人は 他人に傷つけられることはありません

 

自分で「自分」を傷つけてるだけ

「傷つく」というのは、 単なる自傷行為。

 

自分の中に フックがなければ

何を言われても 引っかからない。

 

いくら 誰かが悪意を持って

暴言をぶつけてきたとしても

その言葉を受け入れて傷つくのは

自分がそれを「受け入れる」と許可したから

自分がその言葉を採用したから。

 

自分が受け入れを許可しなければ、

たとえ どんな暴言を言われても

傷つくことはありません。

 

何を言われても、軽くスルーできるのです。

 

暴言も ただのブラックジョークに聴こえて

「何ソレ ウケる!!!」ってなるのです。

 

他人に「自分」が傷つけられることはなく、

本当は 他人にそんな力はないのです。

 

もし傷つくならば、

自分が 相手にその力を与えているだけ

 

すべて 自分自身の心の中の問題です。

 

それでも 外に向かって

傷ついた、お前のせいだ、と やりたいときは

誰にでもあります。

 

でも 本当は、

誰からも 傷つけられることはない

 

そして誰も 他人を 傷つけることはできない

 

唯一、傷つけることができるのは自分自身。

 

自分のことは、いくらでも傷つけることができる。

 

私も数えきれないほど

自分自身を傷つけまくってきた。

 

他人に向かって放った矢は

痛々しく自分にグサグサ刺さってる。

 

でも それもすべて

気づき目覚めるための道のりでしかない。

 

人は鏡とは、そういうことなのだなぁ。。

 

自分の中の観念を 映して観せてくれる鏡

 

映して観せてもらえるから 気づくことができて

観念という囚われを外すことができる。

 

どんな人もみんな 本当は 魂の仲間で

お互いに 目を覚ますために

気づきを与えあっている

 

現実世界のすべては、

自分の中の不要な重い観念を手放すために

使っていこう

 

ひとつ ひとつ

重りを外して

 

もっともっと

軽くなろう

 

 

 

 

 

 

宮島オーラハーモニー☆早速のお試し

 

宮島オーラハーモニー☆行ってきました」と、

宮島オーラハーモニー☆個人的なテーマ」の、つづきです。

 

宮島オーラハーモニーは、

毎回、エネルギーが強いせいなのか、

そのあと すぐ「お試し」がやってきます。(私は、です)

 

「お試し」がくるのが 早い。(私は)

 

そして いつも

コレ「お試し」だったのか!!!って わかるのは

出来事が起きたあと。。。orz

 

今回も、オーラハーモニーの当日は

宮島に宿泊して

翌日、帰りました。

 

その帰り道。。

 

宮島口で、皆さんと別れた後、

早速 その「お試し」は起きたのです。

 

詳細を書くと

いろいろ問題ありそうなので

詳細は書きませんが、

 

宮島オーラハーモニーのときに

YOKOさんに伝えられた個人メッセージの中に、

 

自分自身に正直であること

自分はどうしたいのか、何が欲しいのか、

どうあれば気分がいいのか、何を選びたいのか、

常に 自分の心に訊くこと。

 

と、あったのです。

 

私が「居心地が悪い」と感じた瞬間に

状況がどうであろうと、

 

私は その場を離れるという選択を

「私」のためにする必要があったのだ、と

 

「私」が居心地が悪いと感じた場に

「私」に我慢をさせて

「私」を置いておくなんて

 

これからは もう してはいけないのだ、

 

今まで それがあたりまえで

自分が我慢するのがあたりまえで

 

空気を読んで

周りの人の気分を害さないように

周りの人のために

 

そう生きてきたけど

それは過去の私の生き方だ、

 

もう それをしてはいけないのだ、

 

「私」が居心地が悪いと感じたなら

その場をサッと離れる

 

私を大事にする」って そういうことなのだ、

 

それは こういう

今まで流してきた些細なこと

 

こまかく こまかく

ひとつ ひとつ 

実践していく必要があるんだ、

 

私はこれからは

「私」を「国賓だと思ってVIP待遇する」

くらいの意識で挑まないと

 

今までの「あたりまえ」が身に付きすぎてて

見逃してしまう、、、( ;∀;)ひー

 

と、気づいた出来事でした。

 

↓「お試し」のために犠牲になってくれた靴。

真ん中の白いシミは

もう修復不可能な色抜けになり

この靴はお役目全うしました。(ー人ー)ちーん。

 

 

今回も、とても楽しすぎるほど楽しく

美味しくw 学び多き 宮島オーラハーモニーでした。

 

 

 

 

 

宮島オーラハーモニー☆個人的なテーマ

 

宮島オーラハーモニー☆行ってきました」のつづきです。

 

 

当日の関東は朝早くから雨。。

 

宮島に行く日の朝、飛行機の中で

ハイヤーセルフに繋がってみました。

 

私のハイヤーセルフは、

昨年末にインフルエンザで寝込んだときから

なぜか「三歳の頃の私」の姿で現れます。

 

ハイヤーセルフは ものすごく

白く眩しく光りながら

泣けるほど純粋無垢な笑顔で

「今日はイイコトがあるよ!」と

教えてくれました。

 

龍の私も キラキラと輝きを増して

吹き飛ばされそうなほど鼻息荒く

エンジン全開 準備万端

アイドリング状態みたいになってました。

 

今回の宮島オーラハーモニーのテーマは

本当の自分を生きる

自分の中心を生きる

 

そして 私の個人的なテーマは

「純粋な愛」でした。

 

「純粋な愛」と聞いたとき

瞬間的に頭に浮かんだのが

私のハイヤーセルフ。

 

ああ、やっぱり そうだったんだなぁ、と

意味不明な納得感があり

それが「本来の私」なんだ、と思ったのです。

 

私は ただ「純粋な愛」として 存在するために

地球に来たのだ、、、

 

そう考えると 過去の人生の紆余曲折や

挫折や失敗 困難や災難、試練の連続が

わかりみが過ぎるほど 納得する、、、orz

 

そりゃあああああ 大変だよね!!!!!( ;∀;)

 

平成、令和生まれならまだしも

昭和生まれでは キツイよ!!!

生まれた次元が低すぎる。

サファリ・パークに投げ込まれた生肉だよ!!

 

すっかり忘れていたけど

「あなたはクリスタルチルドレンよ」と

大昔にいわれていたよ、そういえば。

 

「愛」しかない、純粋無垢な魂。

 

本当の私は、

昨年末からハイヤーセルフが

三歳の頃の私の姿になって 見せてくれているように

 

「三歳の頃の私」の在り方で

ただ 周りの人たちがみんな大好きで

純粋な愛だけで存在していた

あの在り方なんだ、

 

だから わざわざ ハイヤーセルフが

その姿であらわれて「コレだよ!」って

みせてくれていたんだね

 

でも その在り方は 怖い。。。

めっっっちゃ怖い。。

怖い怖い怖いいいいいいいいい ((((;゚Д゚))))ヒー

 

三歳までは その在り方でいられたけど

その後 半世紀 死ぬほど痛い思いをしてきた

無理無理無理ぃいいいいいいい ((((;゚Д゚))))ヒー

 

いただいたメッセージの最後に

「生きることを恐れずに」

って 書いてあるけど、、

怖いーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!( ;∀;)

 

 

だから 高く在るんだよ✨✨✨

だから YOKOさんに出逢ったし✨

振動数上げること、
光ること、教えてもらったんだよ✨

だから もう大丈夫だよ✨✨✨

 

 

振動数を高く高く 光り輝いて

そして ただ純粋な愛で存在していることが

私がすること、、

私が 本当にやりたいこと、

私の魂の望み、なのか、、、

 

いや、それ怖すぎる。

違うと言って欲しいぃ。( ;∀;)

 

「純粋な愛」として 存在しているためには、

 

振動数を高くして 光っていることが必須。

私自身が幸せに満ち溢れていることも必須。

 

今まで繰り返してきた 誰かの犠牲になるような

そういう生き方ではなく

 

私自身を愛して 私自身を大切に扱う生き方

 

そうすることで

私自身が 愛に満たされて

愛が溢れてくるような状態であること

 

そうしなければ「純粋な愛」として

存在なんて出来ない。

 

時代は変わった。

 

令和になって 軽くなった✨

そして どんどん軽くなっていく✨

 

今からなら 出来るのだろうか?

 

新しい次元の 新しい高さで✨✨✨

 

もっともっと クリアに

もっともっと 高く

もっともっと 光って輝いて

 

もちろん 身体も一緒に!!!(←身体から出がちだからね!)

 

大丈夫 大丈夫 大丈夫

 

まだ次元が低かったときから

純粋な愛のエネルギーを 宇宙(星)から受け取り

それを流していく、ということを

それでも私は果敢にやってきていたじゃないか。

 

振動数が低い世界で

低い状態で 辛くて 辛すぎて

魂を身体から出してまでも

 

私は愛のエネルギーを宇宙から受け取り

どんどん流して どんどん与えて

 

搾取され続けても 犠牲的であっても

傷ついても 怖い目にあっても

 

それでも 私は ずっと挑戦していたんだよ

 

「純粋な愛」として 存在していくことは

これから初めてやることじゃなく

 

もう 地球に来てから ずっと

どんな目にあっても

それでも やっていたことだったんだよ

 

素晴らしいじゃないか!

ずっと頑張ってきていたんじゃないか!

 

なんの成果も結果も 目にみえる形であらわれないけど

その努力と貢献はちゃんと認めてあげようよ

自分にダメ出しばかりするのは もうやめよう

 

地球での今生

もう諦めそうになっていたけど

諦めないよ!!!!!!!!

 

これからは 意識的に

振動数が高い状態で、光って、光らせて、

そして「純粋な愛」として 存在していこう

 

怖い怖いって 今さら 怖がる必要はないのだ

もうそれは乗り越えてきたじゃないか、

 

大丈夫、大丈夫、大丈夫、

これからは 楽しくできるよ

 

だって もう世界は自分が創っていると知っているのだから。

 

さぁ 新しい次元の 新しい高さで

新しい「純粋な愛」の世界を創造していこう

 

 

 

 

 

 

ささいなこと

 

夫さんは コーヒーを淹れてくれます

 

我が家で コーヒーを飲むときに

よく使われるのが

 

「許可すること」 で 登場した

ロイヤルコペンハーゲンの

マグカップ

 

35年も ずっと「欲しい」と思っていた

私のお気に入り

 

使い勝手もよく

美しい艶と美しい形

美しい白磁に鮮やかな

美しいブルーの模様

 

このカップで飲むコーヒーは

とても満足感を与えてくれる

 

夫さんも気に入っているので

私がいないときも

コーヒーを飲むときは

このカップを使っています

 

 

使い終わったあと

洗わずに キッチンのシンクに

置きっぱなし

 

洗わずに置きっぱなし!!!!!!!(# ゚Д゚)!!!!!!!

 

ささいなことだけど

お気に入りのカップが

そういう扱いをされていることに

 

イラッ(# ゚Д゚)と

ストレスを感じていました

 

ある日 またその状況になったとき

私に訊いてみた

 

どうして?

どうしてイライラするの?

 

”私にとって 特別な思い入れのある

大事なカップが汚れたまま放置されてるのが嫌”

 

ふむふむ そうだね 嫌だよね

でも どうして嫌なのかな?

本当はどう感じているの?

 

”大事にされていない感じがして哀しい”

 

なるほど

わかる〜 そうだよね〜〜〜うんうん

粗末に扱われているようで 嫌な気分になるよね

 

そして 夫さんに 申告

 

「ささいなことですが、

このカップにはとても思い入れがあって

私にとって大事なカップです

 

もちろん使うなとはいいません

でも

使ったあと、洗わずに放置されていると

イライラします

 

大事にされていないような気持ちになり

哀しくなるのです

 

ここで脳内で妄想が暴走して

カップが大事にされていない

イコール

私が大事にされていない

と変換されるのです

 

だから 使い終わったら

汚れたまま放置しないでください

というのが 私の願いです

 

洗うのが面倒と思うなら

他のカップを使ってください」

 

と 言ったあと さらに

 

「、、、とは いいましたが、

これは私が 脳内で 勝手に感じて

勝手に感情を動かしていることなので

まず 私が嫌なことを伝えて

あなたにこうして欲しいという希望を伝えました

が、

あなたが それを聞いて

このカップを使ったあと すぐ洗うのか、

それでも 洗わずに放置するのか、

選択権はあなたにあります」

 

と 付け加えました

 

これは 夫さんに伝えているようで

自分自身に 丁寧に言い聞かせています

 

無駄にイライラしないように

 

ささいなことで

ボタンの掛け違いをしないように

 

そして 自分の本当の気持ちを知るために

 

夫さんは「そうだったの?!(@_@;)」と驚き

そんなふうに思っていたって

言われないとわからないから

伝えてもらってよかったと言っていました

 

言わなくてもわかるよね?っていうのは

基本的に ない、と思っています

 

どんなに親しい間でも

伝えないと わからない

 

そのとき 伝えるのは

本当の気持ち

 

イライラするとか ムカつくとか

怒りや不満は 表層部分で、

本当は 淋しいとか 哀しい

 

そして それは

本当は相手に対してではなくって

 

自分が自分自身に対して

「私を大事にして」って

感じているんですよね (*´ω`*)

 

でも 相手に伝えるのは大事

 

だって そのとき

私自身もちゃんと聴いているから